チェコのヤポンカ

text by 木村有子

絵本の扉

チェコの絵本に見つけた接点

そんなある日のこと。数冊持ち帰っていたチェコの絵本を開いてみた。すると、不思議と心が落ち着くのだった。絵本を開いたとたん、紙から漂うなつかしい匂い。
私は自分がチェコの家の居間のソファーに座っている気になった。キッチンからはバビチカ(おばあさん)が妹と何やら話しながら料理をしている気配がした。コンソメスープの煮えるいい匂いまでが、まるで辺りに漂ってくるようだった。
時々、そっと声を出してチェコ語を読んでみた。途切れながら読むチェコ語も、自分の耳にはなつかしく響き、かえって胸がしめつけられた。
こうして、日本に持ち帰ったチェコの絵本はいつの間にか、私とチェコを結ぶ接点となり、いつでも絵本を通して私の心はチェコへと飛んでいくことができた。
中学1年のとき、両親と妹が帰国して東京へ戻ってもチェコへの思いは募る一方で、チェコの絵本を翻訳する仕事がしてみたいという、より具体的な夢のようなものを持つに至ったのはこの頃だ。

日本の出版関係の皆さんと絵本作家ズデネック・ミレルさんに初めてお会いした2001年。ミレルさんは、とても気さくで、ダンディーな方という印象を受けた。もぐらくんの絵本が出版されることは決まっていたが、編集上の微調整が必要で打ち合わせを行った。レストランへ行った帰り道に。

2007年11月、チェコの絵本作家ヨゼフ・パレチェク、リブシェ・パレチコヴァー夫妻が来日した際に、通訳を仰せつかった。ちょうどパレチェクさんの「ちびとらちゃん」を翻訳した直後で、作家の素顔に触れることは大いに刺激になった。「ちびとらちゃん」の原画展が行われた渋谷パルコのロゴスギャラリーのトークショーには、たくさんの人が詰めかけた。

私の中に育った“チェコ”

2002年に「もぐらくん」の絵本が出版されると、思い切ってチェコの絵本をリュックにしょって出版社へ売り込みに出かけた。ぜひとも日本に紹介したいと思っていた絵本の数々。リュックには、あふれんばかりのチェコへの思いも詰めて。
そして、「おとぎばなしをしましょう」「こえにだしてよみましょう」「ありさん、あいたたた…」の3冊が編集者に気に入られて、思いがけず出版の話がまとまった。

字幕翻訳や通訳の仕事をしながらも、最もやりたかったチェコの絵本の翻訳ができるようになって、子どもの頃の自分の思いが果たせたような気がする。翻訳家としてはまだまだ駆け出しで、恥ずかしい失敗も経験した。それでも、一般書よりも絵本の翻訳が自分に向いているのでは、と思うことがある。それは、子どもの時にチェコの大人に話しかけてもらったときの、あるいは友だちと遊んだときに聞いていた、生活に根ざした言葉のニュアンスがずっと今でも耳に残っているからだ。
チェコの絵本を翻訳しながら、私はいつのまにか、子どものころの自分に会いに行っているのかもしれない。昔なじんだ言葉の響きとなつかしさ、心地よさ。チェコの文化をもっと日本に広めたい。チェコの絵本の紹介は、ひいては私を育んでくれたチェコの人々への恩返しになってくれればと、そんな思いに支えられて絵本の翻訳をしている。

「おとぎばなしをしましょう」
「こえにだしてよみましょう」
 フランチシェク・フルビーン文、
 イジー・トゥルンカ絵

「ありさん、あいたたた・・・」
 ヨゼフ・コジーシェク文、
 ズデネック・ミレル絵

東京に滞在中、過密スケジュールだったパレチェクさん夫妻の、つかの間の観光先は浅草。とてもいいコンビのご夫婦なのだが、買い物好きの奥様とそうでない旦那様のコントラストが、はたから見ていてもおかしかった。「私はこんなに性格のいい人を他に知らない」とは奥様の弁。

きむら ゆうこ

プロフィール
1970年から73年までプラハに住み、現地の小学校に通う。1984年から2年間、プラハのカレル大学へ留学し、1989年からはドイツに4年間滞在。チェコの絵本や映画の翻訳、通訳、コーディネートなど、チェコに関わる仕事に携わっている。

近況
「ひよことむぎばたけ」(ズデネック・ミレル絵、フランチシェク・フルビーン文、きむらゆうこ訳1200円+税)が、ひさかたチャイルド社より出版されました。日本で以前出版された偕成社版の「ひよことむぎばたけ」は、同じ作者が手がけた絵本ですが、画風がだいぶ違います。文章は「おとぎばなしをしましょう」「こえにだしてよみましょう」でおなじみのチェコの詩人フルビーンです。来月から約1ヶ月間、チェコへ行くことになりました。変わり行くもの、変わらないものを見つめてきたいです。