チェコのヤポンカ

text by 木村有子

絵本の中のふたつの世界

今でこそ日本にいても、ある程度のチェコの書物や雑貨、映画といった良質な文化に触れることはできる。しかしながらチェコと日本、その間を繋ぐ橋がまったく無かった70年代の子供時代にチェコへ移り住み、20代前半での大学留学、そして大人になってから遭遇したチェコスロバキアの様々な出来事・・・翻訳家としての木村さんはいつ、どのようにして出来上がったのだろうか。今回は木村さんの現在と過去を結ぶお話です。

絵本に感じたたしかな重み

「チェコの絵本をいつか翻訳して日本に紹介したい」
中学生ぐらいの頃から、そう心のどこかに決心のようなものができて、すでに長い歳月が流れていた。その夢がかなったのは、ちょうど40歳になった年だった。日本ではロングセラーでおなじみのズデネック・ミレル氏の絵による「もぐらくん」の絵本が、約40年ぶりに日本で出版されることになり、その絵本の翻訳を手がけた。

最初にチェコの絵本に出会ったのは8歳の時だった。親の都合で住むことになったチェコスロヴァキアという国は、絵本の宝庫といってよかった。最初にチェコの絵本を手で触れたときの驚きを、今でもありありと思い出す。
チェコの友達の家へ遊びに行ったときのこと。子ども部屋にもちゃんと本棚というのがあり、そこに分厚くて大判の絵本や、ボードブックが少なくとも20冊くらいは並んでいた。
「これ、面白い本なのよ」
まだチェコ語ができない私に、友だちは大きな絵本を引っ張り出すと開いて見せてくれる。その絵本を自分の膝にのせると、ずっしりした重さが伝わった。ページをめくると、大人が読むのかと思うほど字がびっしり。それなのに、何ページかに1枚は深い色合いの絵が入っていて、日本の絵本とはだいぶ違うなあ、という印象を受けた。

「Zlatovlaska(金髪姫)」(Albatros社、カレル・ヤロミール・エルベン作、アルトゥシ・シャイナー絵)。チェコの昔話を収集したことで知られるエルベンの昔話集。読み物の中に、味わい深い、そして子どもにはぞっとするような絵が多く入っている。中でも、子どもの時に見た「オテサーネク」という話の絵は、大人になっても忘れられないほど強い印象を私に残した。

「Rikejte si pohadky(おとぎばなしをしましょう)」「Rikejte si se mnou(こえにだしてよみましょう)」(Albatros社、フランティシェク・フルビーン作、イジー・トゥルンカ絵)。 子ども向けの詩を読みながら、トゥルンカの挿絵を見ていると不思議なほど想像力をかきたてられる。2002年ごろプラハのブックカフェで見つけ、ひとめぼれして購入した。翻訳本が出版された後、驚いたことに親の山荘の押し入れから、少し傷んだ同じタイトルの絵本2冊が出てきた。無意識のうちに、昔読んだ絵本を選んでいたのだろうか。

この国の言葉がもつ“特別な響き”

「金髪姫」「こいぬとこねこはゆかいななかま」「ほたるっこ」の絵本はどこの家にもあった。
大判の絵本を、友だちは抱えるようにしながら読んでくれたり、あらすじを話してくれるのだった。チェコの昔話には森がよく登場し、お城を舞台にした美しいお姫様と王子様の挿絵は女の子の心を浮き立たせ、よく絵にも描いて遊んだものだ。   
ヨゼフ・ラダの絵本も人気があった。人間の言葉を話したり、人間のようにふるまう動物が登場する「黒ねこミケシュの冒険」や「きつねものがたり」は日本語にも訳されていたので夢中で読んだ。動物たちの大人びたもの言いや、知恵があって人間をあっといわせる姿に共感し、チェコの風刺のきいた物語を楽しんだ。
チェコの絵本を読んで思い出すのは、子どものときチェコの大人から話しかけられた言葉が、特別な響きを持っていたことだ。絵本の文章でも、「ねえ、子どもたちはどう思う?」や「ねえ、こんなことってあるでしょうか?」というように、子どもの読者に話しかけるような表現がときどき見かけられる。子どものころ、チェコのおばさんやおじさんにギュッと抱きしめられて、「かわいい私のひよこさん」や、「あなたは私のこひつじちゃん」など、動物に例えて言われた言葉は温もりがあった。
私がチェコに住んだ期間は長い人生から見ると、たった3年足らずのこと。でも、絵本の翻訳をしたい、という夢をあきらめずにいられたのはなぜだろう。

「金髪姫」
 カレル・ヤロミール・エルベン文、
 アルトゥシュ・シャイナー絵

「こいぬとこねこはゆかいななかま」
 ヨゼフ・チェペック文と絵

「ほたるっこ」
 ヤン・カラフィアート文、
 イジー・トゥルンカ絵

「Detem(こどもたちへ)」(Klub mladych ctenaru社、ヨゼフ・ラダ作、絵)。270ページ余りの分厚い絵本。ラダの故郷の牧歌的な風景とその四季や、家畜や森の動物達の表情には大人も思わず微笑んでしまう。絵、詩、物語も入り、チェコの風物詩がわかる絵本。